職場におけるニコチン依存症(大和浩,姜 英)

はじめに

2005年、日本循環器学会や日本呼吸器学会、日本口腔衛生学会など9つの医歯学会が合同で作成した「禁煙ガイドライン」において、「喫煙は“喫煙病(依存症+喫煙関連疾患)”という全身疾患であり、喫煙者は“積極的禁煙治療を必要とする患者」「喫煙することは病気」と定義され1)、翌2006年から禁煙治療に医療保険が適用されることになった。仮に、タバコ産業や一部の喫煙者が主張するように「嗜好品」であれば、医療保険が適用されるはずがない。

I. タバコに起因する2つの依存

タバコに対する依存性は、ニコチンに対する「身体的依存」、および、仕事や生活の区切りに喫煙することで発生する「心理的依存」が強固に結びつくことで禁煙を困難にしている。

筆者もかつて典型的な「タバコ依存」の患者であった。浪人時代に喫煙を始め、大学時代にやめられなくなり、呼吸器内科に入局しても禁煙できず、教授に隠れて喫煙できる循環器内科の医局に行って喫煙するほど重症であった。今思うと、口臭や衣服についたニオイ(三次喫煙)で教授には喫煙者であること分かっていたはずであるし、循環器内科の非喫煙者に受動喫煙という他者危害の加害者になっていたことを猛省している。

1) ニコチンに対する身体的依存

図はマールボロを主力製品として販売しているフィリップモリス社が紙巻きタバコと後述する加熱式タバコを使用した場合の血中ニコチン濃度の推移である2)。いずれも、8分後に最高値となり、その半減期は2.5〜2.6時間であることが示されている。かつて筆者がそうであったように、喫煙者は一定レベルの血中ニコチン濃度を維持するために頻回(多くの場合、1時間に1本)にタバコを使用せねばならない状態(二次依存)に陥っている。つまり、「依存」という観点からは加熱式タバコも同様であり、加熱式タバコの使用者もニコチン依存症として禁煙治療に誘導することが必要である。

図1. 紙巻きタバコと加熱式タバコによる血中ニコチン濃度
図1. 紙巻きタバコと加熱式タバコによる血中ニコチン濃度

2) タバコに対する心理的依存

仕事中、誰しも1〜2時間おきに休憩をとる。休憩のタイミングは血中ニコチン濃度が低下した状態であり、喫煙によって脳内でドパミンやセロトニンが放出され、脳内報酬回路が刺激され多幸感が得られる。休憩による仕事のストレス解消とニコチン切れのストレス解消は区別ができないため、多くの喫煙者は「仕事のストレスがあるから禁煙出来ない」と勘違いする。また、ニコチン濃度が低下すると思考能力も低下する。その時に喫煙すると脳が活性化されて良いアイデアが浮かんだり、原稿の作成が進む。その結果、かつての筆者のように「タバコを吸うと仕事がはかどる」という思い込みが生まれる。しかし、それは本来の能力に戻るだけである。逆に言うと、ニコチン濃度が低下して、脳の活性が低下している状態は潜在的なサボりということもできる。

II. 職場におけるニコチン依存の問題点

法規制、および、労働衛生の3管理、快適職場づくりの観点から職場に喫煙者、つまり、ニコチン依存症の患者が存在することの問題点について記述する。

2020年に全面施行された改正健康増進法では、「望まない受動喫煙」をなくすことが求められている3)。具体的には、第一種施設(学校、病院、行政機関等)は敷地内禁煙、第二種施設(国会、飲食店等のサービス産業を含む一般企業等)は受動喫煙防止対策として全面禁煙、あるいは、喫煙専用室を設置することが求められている。

1) 作業環境管理:受動喫煙

2000年代、排気装置を設置し、出入口で0.2m/sの空気の流れを発生させる喫煙室を設置することが推奨されたが、実際に運用してみると喫煙室の外でも微小粒子状物質(PM2.5)が上昇することが認められ、タバコ煙の漏れは防止できないことが分かった(図2)4)

図2. 喫煙室内外の微小粒子状物質(PM2.5)の測定
図2. 喫煙室内外の微小粒子状物質(PM2.5)の測定

喫煙室からタバコ煙が漏れる原因は以下に示すとおりである(図3)。

・ドア(蝶番式)のフイゴ作用による押し出し

・喫煙者の入退室による出入口の気流の乱れ

・肺に残った煙の禁煙区域での呼出

図3. 喫煙室からタバコ煙が漏れる3つの原因
図3. 喫煙室からタバコ煙が漏れる3つの原因

特に、肺に残った煙の呼出は約2分間続くため、喫煙後2分以内に職場にもどる場合、その場で喫煙していないにもかかわらず受動喫煙が発生する。

また、喫煙室の清掃を業者に委託している場合、担当者が高濃度の受動喫煙に曝露されることが防止できない5)。

図4. 清掃業者の職業的な受動喫煙
図4. 清掃業者の職業的な受動喫煙

第一種施設では、受動喫煙を防止する措置が取られた場合、屋外に喫煙場所を設置することが認められてはいるが、その場所から風下25メートルでも粉じん計で検出できる「望まない」受動喫煙が発生する(図5)6)。

図5. 屋外の喫煙場所の風下で発生する受動喫煙
図5. 屋外の喫煙場所の風下で発生する受動喫煙

さらに、清掃業者が「望まない受動喫煙」に曝露されることは屋外であっても変わりはない(図6)。

図6. 屋外の喫煙場所の清掃業者の受動喫煙(筆者測定)
図6. 屋外の喫煙場所の清掃業者の受動喫煙(筆者測定)

以上より、職場における受動喫煙を完全に防止するためには、敷地内禁煙とした上で敷地周囲での喫煙も禁止する以外に手段はない。

2) 作業管理と快適職場:勤務中の喫煙禁止

職場のルールとして勤務中の喫煙を禁止していない場合、喫煙による職場離脱が発生し、以下の問題が発生する。

・喫煙者本人の作業効率の低下

・喫煙場所から戻るまで待たねばならないことによる組織の効率低下

・喫煙者の離席中の電話応対等による周囲の負担

・喫煙後のタバコ臭による三次喫煙

三次喫煙とは、喫煙後の口臭や衣服から発生するタバコ臭であり、気管支喘息や化学物質に過敏な体質の者とっては発作や気分不良の原因となる。健常者においてもタバコ臭は快適な職場づくりの妨げとなる。2010年、厚生労働省健康局長通知で「残留たばこ成分」と定義されている。

喫煙前後の口臭に含まれる総揮発性有機化合物(Total Volatile Organic Compounds: TVOC)を測定したところ、喫煙前の状態に戻るまで45分が必要であった(図7)5)。このデータが元になり、北陸先端科学技術大学院大学では喫煙後45分間の敷地内への立入が禁止され、イオングループは勤務中の喫煙禁止だけでなく職場に入る45分間前から喫煙の自粛を求めるなど、「45分間ルール」として広まりつつある。特に、接客業や営業職の口臭がタバコ臭い場合、企業に損失を与えかねない問題、として検討するとよい。

図7. 喫煙後の口臭に含まれる化学物質三次喫煙
図7. 喫煙後の口臭に含まれる化学物質三次喫煙

3) 健康管理:喫煙関連疾患の予防

健康日本21(第二次)で示されたように、日本人の死因の第1位であり、喫煙による超過死亡数は毎年12万8千人である7)。その医療費は企業や国の健康保険に余分な負荷となるため、喫煙関連疾患に罹患する前に禁煙治療費を補助して禁煙に誘導する企業が増えてきた。

4) 在宅勤務における問題点:

新型コロナウイルス対策として在宅勤務をおこなう場合、自宅で喫煙することによる近隣住宅への「望まない受動喫煙」が社会問題としてクローズアップされている。図8は集合住宅の2階のベランダでタバコを燃焼させ、上のフロアと同じフロアの隣家のベランダと窓を開けた室内でタバコ煙の濃度を測定した結果である8)。上のフロアだけでなく、同じフロアでもベランダから室内にタバコ煙が流入することが確認された。

戸建て住宅の場合は、前述のように少なくとも半径25メートルにある隣家への加害者となる。台所の換気扇の下で喫煙した場合は、排気に含まれるタバコ煙によって同様の被害が発生する。

在宅勤務を行っている企業では、社員が近隣の家庭に対して「望まない受動喫煙」の加害者とならないように指導することは企業の社会的な責任と考えるべきである。

図8. 集合住宅のベランダ(2階)での喫煙による近隣住宅への受動喫煙
図8. 集合住宅のベランダ(2階)での喫煙による近隣住宅への受動喫煙

おわりに

タバコ1箱の値段が580円(2021年10月)となり、公共的な空間や職場での喫煙が制限されても禁煙できない、禁煙しようと思わない人は重度の依存症である。喫煙できる場所と時間をさらに制限して禁煙企図を高め、禁煙治療へ誘導することが必要である。

改正健康増進法に伴って発出された「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン(令和元年)」では、喫煙対策の良好事例を衛生委員会等で紹介すべきことが記載されている10)。ここで述べた情報を喫煙者だけでなく、非喫煙者にも提供し、職場全体の問題として取り上げ、喫煙率を最終的にゼロとすることが職場のニコチン依存の根本的な対策であることを産業医として取り組んで行きたい。

文献

1) 禁煙ガイドライン. 藤原久義,阿彦忠之,飯田真美,他.Circ J 2005;69:1005-1124.

2) Picavet P, Haziza C, Lama N, et al. Ludicke F, Comparison of the pharmacokinetics of nicotine following single and ad libitum use of a tobacco heating system or combustible cigarettes. Nicotine Tob Res 2016 ; 18 : 557- 563.

3) 厚生労働省.健康増進法の一部を改正する法律. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000189195.html (2021年11月30日閲覧)

4) 大和 浩. たばこ規制枠組み条約に基づいたたばこ対策の推進 第8条 たばこの煙にさらされることからの保護.保健医療科学 2016;64:433-447.

5) 大和 浩.職場の喫煙問題の現在.産業医学ジャーナル 2019;42:4-10.

6) Yamato H, Mori N, Horie R, et al. Designated smoking areas in streets where outdoor smoking is banned. Kobe J Med Sci 2013 : 59 ; E93-E105.

7) 厚生労働省.健康日本21(第二次). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html (2021年11月30日閲覧)

8) Yamato H, Kato T, Jiang Y, et al. Secondhand smoke from a veranda spreading to neighboring households. J UOEH 2020 ; 42 : 335-338.

9) 厚生労働省. 職場における受動喫煙防止のためのガイドライン(令和元年7月1日 基発0701第1号) https://www.mhlw.go.jp/content/000524718.pdf (2021年11月30日閲覧)